幸せの道パート2

幸せの道パート2

人生を「ドライブ」だと…
妄想してみてください。↙️

自分では「目的地」に向かって
走っているつもりでした。

がむしゃらに、まっすぐ
前だけを見て進んできました。

ある時、ふと目線を変え、
上を向いたら案内標識が見えました。

「ええぇぇぇぇ!!??」
「“幸福方面ではなく、
こっちは“不幸方面!
見間違ってた!!」

これが『気付き』…😅

で、このあと…
普通に考えたら、『他の道』
に乗り換えて、行き先を
変えればいいのですが…

ここまで我慢して来たんだから、
戻るのは嫌だとか、
心が萎縮して「他の道」が
見えなくなってしまったり、

逆走するわけにいかない…
どうしよう…
もう後戻りできない…
とりあえず悲境まで行くしかない。

そんな考えになってしまいがち…

◎そこで、斎藤一人さんの出番です。↙️

幸せっていうのは、
まず、誰かが立っている所を
想像してください。

で、立ってて歩いているんです。

ところで今立ってる場所から
不幸せな人は、不幸せな方へ
向かっているだけなんです。

その場で向きをちょっと変える。

幸せの方にちょっと向きを変えると、
幸せの方に歩き出すんです。

幸せの方に歩き出すと、
幸せになるんだけど、

実はその場で幸せの方へ
向いただけで、幸せになるんです。

それで幸せの方へ向かいだすと
すごく幸せで、
それで幸せの方に
向かいだしたときに、
知り合った人はみんなイイ人で、
幸せになるんです。

幸せって 幸せに到達したとき
ではなくて、実は旅路を言うんです。

幸せの方に向かい、
幸せの方に向かって
歩き出したときに、
心がすごい幸せになってくるんです。

幸せというのは苦労して
嫌な思いをして、
大変な思いをした
その後に来るものじゃないんです。

幸せというのは
心が幸せの方に向かいだすと同時に、
心が向くと同時に幸せになり、
その道を歩きながら
さらに幸せになるもの。

幸せとは幸せの道をたどりながら
さらに幸せになる。

幸せというのは苦労して、
つらい思いを我慢した
後にくるものではない。

苦労して苦労して苦労した
あとに待っているのは苦労である。

ゴミの山の中に宝物が
あるのではない。

人が幸せになる道というのは
花園である。

変な人がでてきたり、
わるい人間が出てきたりするような
イバラの道ではない。

花園へは花がつながっている。

こういう話を聴いて、
向きを変えて、
幸せの方へ向かってもらいたい。

幸せの方に向いてください。
歩いてください。
そして幸せになってください。

追伸
全身全霊…気づき、
お知らせ
虫の知らせ、直感etc

なんか違うな?
なんか変だな?

そんなときは、
ちょこっと歩き方、
歩く速度、歩く方向を
変えてみるのもアリかも…
お試しあれ🤗